古墳に眠る宝物①「勾玉」

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令和5年度は古墳に眠る宝物、つまり鹿嶋市内の古墳から出土した大切な宝物、貴重品を紹介します。
第1回目は桜山古墳出土の勾玉・丸玉です。

桜山古墳出土の玉類

 美しい勾玉や丸玉ですね。勾玉は全てメノウ、丸玉はガラス玉で藍色・コバルトブルー・レモンイエローをしています。勾玉は長さ2.8~4.05㎝、ガラス玉は4.5㎜~6.0㎜ととても小さいものです。
 勾玉は棺底の東側、顎骨の脇や北側隅の石の間にかたまって計6個、ガラス丸玉は東側中央部で歯や頭骨片に混じって数は20個、他に土製丸玉が1個同じ場所から見つかっています。

桜山古墳の石室内

 勾玉は顎付近からの出土なので首飾り、丸玉も歯や頭骨部分から出土しているので首飾りとして使用され、丸玉は全て東側から出土しているので、埋葬された遺体の頭部が東方向に向けられていたことを示していると考えられています。
 これらの宝物はどこで制作されたのでしょうか。メノウの主な産地は島根県と茨城県北部の久慈川流域やその支流の玉川です。この勾玉の産地はわかっていませんが、この時期のメノウ製の勾玉の主な産地は山陰です。山陰で作られる勾玉は山陰系勾玉と呼ばれ東北地方まで分布しています。ガラスの丸玉の制作地はわかりませんが、当時このような細かい作業をしたガラス製品が作られていたことはすばらしい技術と感心します。

調査前の桜山古墳

 桜山古墳は鹿嶋市木滝、高松中学校の北にあった古墳です。標高約32mの台地の中央部は調査時点(昭和54年頃)には工事の際の土取りによって切断されていました。この切断された部分を境にして東側にA地点(石棺が所在している)、西側の斜面にB地点があり、 A地点の石棺は台地の麓部、なだらかな斜面にかかる場所で見つかりました。石棺を覆う墳丘(マウンド)はすでに消滅しており、外観は平坦地形を呈していました。A地点とB地点の標高差は約1.4 mです。石棺は大型の扁平な石を組み合わせたもので所謂「箱式石棺」とよばれるものです。
 A地点で検出された石棺の内部からは、人骨(2体分)と勾玉やガラス丸玉・貝等の副葬品を検出しました。
 また石棺の南側からは棺外副葬されたと考えられる鉄製直刀の大小2振が出土しました。
 古墳を調査すると被葬者が大切にしていた宝物(副葬品)が見つかります。桜山古墳に葬られた権力者は、棺の中には装飾品、棺外には直刀の宝物と一緒に長い眠りについたのでしょう。


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