かしまの遺跡いってみた!vol.5「宮中野古墳群 大塚古墳」

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鹿嶋の遺跡行ってみた!今回は鹿嶋市須賀宮中野にある宮中野古墳群大塚古墳を紹介します。
前回紹介した夫婦塚古墳から南500mにあります。

鹿島神宮駅から豊郷地区に向かう道を進み、浄水場入り口を入ります。

100mぐらいで左に入り、浄水場の周回道路を進みます。敷地に沿ってフェンスが廻っています。

クランクを曲がると小町塚古墳が見えてきます。

突き当りを曲がると見えてくる小町塚古墳

小町塚古墳(宮中野古墳群115号墳)は道路や耕作で一部が削平されてしまっていますが、直径約26mの円墳です。昭和56年の調査では直径が約30m、高さ3.5mと紹介されていますが、発掘調査は行われていません。
小町塚古墳を過ぎると、目の前に大塚古墳が見えてきます。


大塚古墳を西側から臨む

大塚古墳は宮中野古墳群114号墳で、江戸時代末期にまとめられた『新編常陸国誌』に勅使塚古墳として登場する古墳と比定されています。古墳の南側には案内看板と解説シートの入ったポストが立っています。

大塚古墳は昭和56年から58年まで明治大学によって測量調査や主体部の確認調査が行われました。また、平成7年度には浄水場拡張に伴う調査が行われ、上幅約10m下幅3.5~5.4m、深さは遺構確認面から深いところで1.8mと規模の大きな周堀(周溝)が見つかっています。大塚古墳は上から見た形が帆立貝のように見える古墳で、全長約90m、高さ約7m、周溝を含めると全長約120mと、円墳に造出しが付いた形で、帆立貝式古墳としては群馬県の女体山(にょたいさん)古墳に次いで東日本で2番目に大きい古墳です。


宮中野古墳群大塚古墳の実測図

古墳はローム主体の黄色い土と黒色土が交互に積まれて築造されていました。墳丘は三段に築造されていて、埋葬施設は前方部に確認されています。古墳を囲む溝から埋葬施設までは墓(ぼ)道(どう)が造られていました。奧には横(よこ)口式(ぐちしき)石槨(せっかく)とよばれる埋葬する石室が見つかり、朱(しゅ)塗りの石棺材が残されていました。

墳丘を構築する土 2種類の土が互層に積まれている(昭和58年の調査時写真)
墳丘から造出しを見ると主体部(埋葬施設)と墓道、周溝が見える(昭和58年の調査時写真)
棺材が部分的に残っている主体部(埋葬施設)
(昭和58年調査時写真)

副葬品も含めて大半が盗掘などにより破壊されていましたが、主体部内には耳環などの金メッキされた装身具類や馬具類、銀製の弓飾りや銀(ぎん)象嵌(ぞうがん)のある刀などの武器類など貴重なものが多く出土しており、位の高い人が埋葬されていた可能性があります。副葬品から7世紀前半に造られたと考えられています。

金や銀のメッキが施された耳環

前回も紹介した鹿嶋里山の会の皆さんが定期的に除草作業をしてくださっています。
夫婦塚古墳の駐車場に車を置き、浄水場の周回道路をウォーキングして、宮中野古墳群大塚古墳に行ってみませんか?


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